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この日、「チャリ旅」に出掛けることにした。 これまで自転車であちこち出掛けることはあっても、秋田市内 の比較的平坦な地をごく短時間・・・という感じだったので、この 日が初めての遠出ということになる。 昨年の初夏にネット上で湊奉行さんと知り合って交流を続けて いたが、昨年は天候の関係でついに「チャリ旅」は企画倒れに なっていたのである。 朝8時50分に「仁別サイクリングロード」の起点でもある秋田 大学正門前で待ち合わせすることにした。 この日は朝から快晴であり、チャリ旅にはもってこいの好天候 だった。 誰かと待ち合わせするときは結構早めに出掛けるのを常とし ているのだが、この日も早めに家を出ておいて正解だった。 湊奉行さんと無事に合流することが出来て、予定よりも10分 ほど早く秋田大学前を出発した。 途中で旭川にある稲荷神社に参拝し、更に奥へ。 最初は結構ついていくのが大変だったがそのうちに少し慣れ てきたかな・・・ まあ、無理もないかも知れない。 何しろ、こちらは30歳後半を過ぎた人間だし、もう一方は今年 16歳の青年なのだから体力的に差があっても致し方ない。 それにしても仁別サイクリングロードは荒れに荒れている。 雑草は伸び放題だし、場所によっては水浸しだったり崖が崩れ ていたりもする。 高校時代の「遠足」でサイクリングロードを走ったことがある が、やはり時代の流れを感じてしまった。 途中、曹洞宗の寺院「補陀寺」に立ち寄ったが、今回は境内に は入らなかった。 さて、藤倉を過ぎて小さな神社を見付けて二人でおまいりし た。 ここの神社は、もしかしてかつては仏教寺院だったのではない だろうか・・・?と感じた。 紋章が仏教のとある宗派の紋章と同じだったからだ。 そして本殿前にあったのも梵鐘であり、普通神社にある鈴とは 違っていたのだ。 仁別のダム見学を終えてから、広い道路に出た。 右手には「妙見神社」の鳥居があった。山頂に神社があるのだ という。 本殿に参詣するとしたら、息が切れそうなくらい長い石段を登 っていくことになるだろう。 「妙見」という名前から、「妙見菩薩」を連想する。日蓮宗で祀ら れている神様である。 そんなことを考えながらもう一度鳥居を見ると、「南無妙法蓮華 経」と書かれた石碑があった。 やはり、日蓮宗と関係があったのだ。 今は神社と仏閣は完全に切り離されているが、かつての神仏 習合の時代を感じさせた。 長い上り坂と下り坂。 次にたどり着いたのは「三吉神社総本宮」である。 秋田市では由緒のある神社だ。 ここでも参詣して、社務所にて御朱印帳に記帳していただく。 ちなみに、太平山は山岳信仰の霊峰としての歴史もあり、後日 調べたところによると、かつては「薬師信仰」つまり薬師如来様 の信仰の聖地だったという。 かつては薬師如来が祀られていたという。 現在の所調査が充分でないのだが、今でも薬師信仰の名残 があるのではないだろうか。 機会があれば、太平山での薬師信仰の変遷について調査を 進めたいと思う。 また、秋田市内では「太平山」「三吉神社」と書かれた石碑を見 かけることがある。 現に私の住む地域にある小さな神社の境内にも存在する。 その石碑には、薬師如来を表す梵字も刻まれているのだ。 かつて薬師信仰と三吉神社信仰が一体であったことを示すも のだと思う。 時代の流れに沿って、両者は切り離されたのだろう。 三吉神社総本宮を後にして、太平地区の城跡を探してとある 集落に。 ここでも、小さな神社を発見した。 境内には、「馬頭観音」の石碑が存在した。 ここでも神仏習合の時代を思い起こすことが出来た。 初めてのチャリ旅は思いのほかダイナミックに展開し、昼食を 用意して居たはずだったが、お昼頃に解散となった。 しかし、20年以上住んでいる秋田について、自分は充分な知 識を持っていなかった感じるには十分だった。 今回は、神仏習合の時代について意識することが出来たの で、文献を色々と探してみたいと思う。
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